大判例

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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)2245号 判決

参加人 桝田滋

参加人 桝田憲治

参加人 桝田篤夫

右三名訴訟代理人弁護士 鳥飼公雄

被控訴人・被参加人(脱退) 桝田憲明

右訴訟代理人弁護士 末政憲一

控訴人・被参加人 株式会社第一勧業銀行

右訴訟代理人弁護士 成富信夫

同 成富安信

同 成富信方

同 荒木孝壬

同 畑中耕造

同 山本忠美

主文

被参加人(控訴人)は参加人ら各自に対し金三三三万三、三三三円およびこれに対する昭和三九年一月二一日以降完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

参加による訴訟費用は被参加人(控訴人)の負担とする。

本判決は仮に執行することができる。

事実

一、参加代理人は主文第一、二項同旨の判決および仮執行の宣言を求め、控訴人・被参加人(以下単に控訴人と称する)訴訟代理人は請求棄却の判決を求めた。

被控訴人・被参加人(以下単に被控訴人と称する)は当審における参加人らの参加申出後控訴人の承諾を得て訴訟から脱退した。

二、参加代理人は、控訴人に対する請求の原因として、次のとおり附加するほかは原判決事実摘示中被控訴人の控訴人に対する請求の原因(原判決二枚目表六行目から三枚目裏一行目まで、および原判決添付別紙手形目録の各記載)を援用したので、その部分を引用する。

(一)被控訴人は七九才という老令のため昭和四六年三月二四日推定相続人である参加人らに対し被控訴人の控訴人に対する本件損害賠償債権および遅延損害金債権を各参加人の譲り受ける割合を平等(三分の一ずつ)として譲渡し、同年同月三〇日控訴人に対し内容証明郵便をもって右債権譲渡の通知を発送し、右書面は同年同月三一日控訴人に到達した。

(二)控訴人は昭和四六年一〇月一日訴外株式会社第一銀行を吸収合併して商号を株式会社第一勧業銀行と変更したものである。

(三)よって、参加人らは、それぞれ控訴人に対し右譲受にかかる債権のうち元本金三三三万三、三三三円およびこれに対する昭和三九年一月二一日(原判決添付の手形目録中(二)記載の約束手形の満期の翌日)以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三、参加人らの右請求の原因に対する控訴代理人の答弁は、次に附加、訂正するほかは原判決三枚目裏一〇行目から四枚目裏四行目までの記載のとおりであるから、これを引用する。

(一)原判決三枚目裏末行の「中、」から四枚目表一行目の「その余の事実」までを削除し、同六行目の「事実は否認する。」を「主張は争う。」と改める。

(二)参加代理人が当審において請求の原因として附加した前記事実のうち、被控訴人と参加人らとの間に参加人ら主張の債権譲渡契約が成立し、参加人ら主張のとおり債権譲渡通知が控訴人に到達したこと、および控訴人が参加人ら主張のとおり合併をなしかつ商号を変更したことは認める。

四、証拠〈省略〉

理由

一、控訴人が預金、貸付、手形割引、手形取立等の金融業務を行なう普通銀行であり、旧商号を株式会社日本勧業銀行と称したが、昭和四六年一〇月一日訴外株式会社第一銀行を吸収合併して商号を株式会社第一勧業銀行と変更したこと、および訴外長尾良平が昭和二五年控訴人(右合併前の株式会社日本勧業銀行。以下同じ)に入社し、昭和三六年九月から昭和四〇年三月まで控訴人の渋谷支店に勤務していたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二、(1)〈証拠〉を総合すると、次の諸事実を認定することができる。

(一)  訴外長尾良平は、控訴人の渋谷支店において外務員として、新規の顧客の獲得や、顧客からの依頼に基づく預金、手形の取立等のため現金、手形等を預るなどの業務に従事していた。

(二)  訴外長尾は、かねてから被控訴人が京都市内の著名な重油燃焼機メーカーである株式会社米花製作所の代表者であったことを知っていたところ、昭和三七年頃、たまたま被控訴人が取締役会長となっている米花商事株式会社の事務所が東京都渋谷区内にあることを知り、同人と同じ京都府の出身であったこともあって、熱心に控訴人の渋谷支店との取引を勧誘した結果、被控訴人は同年九月頃から訴外長尾を通じ個人としても同支店と取引をするようになり、昭和三八年三月頃米花商事株式会社の事務所が東京都台東区内に移転した後も、同会社事務所の取締役会長室を訪れる同訴外人に対し引続き預金の受払手形の取立等を依頼していた。

(三)  右の取引において、被控訴人は常に自己の名を用いず、控訴人の渋谷支店に富樫本治、桝田滋、織田輝雄、今村秀志および笹岡喜代太等の名義で預金口座を設け、訴外長尾に預金や手形取立を依頼する都度、預金については入金する口座を指定し、手形取立については右の名義のいずれかを用いて裏書をした手形を同訴外人に交付し、また同訴外人は現金や手形等を預かるときは、預り証を作成してこれを被控訴人に交付し、預かった現金、手形等は控訴人の渋谷支店に持帰った後依頼の趣旨に従い所定の手続により処理をしていた。

(四)  訴外長尾は昭和三八年一〇月上旬頃訴外山田重三を介して訴外中部観光株式会社からその振出にかかる原判決添付手形目録記載の額面金五〇〇万円の約束手形二通(以下本件手形という。)につき割引の依頼を受けたので、被控訴人にその旨を伝えて交渉したところ、被控訴人は右訴外会社の信用を調査した上、訴外長尾の申出に応じて本件手形を割引き、これを取得するに至った。

(五)  昭和三八年一一月一五日、被控訴人は京都に赴くべく準備中たまたま訴外長尾が前記米花商事株式会社の事務所に被控訴人を訪れたので、年末にかけて多忙になることを考慮し本件手形につきその満期到来までになお二箇月前後の期間があるが早目に控訴人に取立を委任しようと考え、同訴外人に対し本件手形を交付して右の趣旨を依頼し、同訴外人は控訴人渋谷支店長尾良平名義の「取立依頼手形預り証」と題する書面(甲第一号証)を作成して、これを被控訴人に交付した(その際被控訴人が本件手形につき白地であった受取人欄の補充をせず、かつ、裏書をしなかったことは、後段(2)において認定するとおりである)。

(六)  訴外長尾は被控訴人から本件手形を預かると、即日これをかねて知合の訴外川村敬次に交付し、引換えに訴外株式会社ダイワが訴外相和産業株式会社宛に振出し、同会社(代表取締役川村敬次)が裏書をした額面金一五〇〇万円、満期昭和三九年一月三一日、振出日昭和三八年一一月一二日の約束手形一通の交付を受けた。

(七)  本件手形の振出人たる訴外中部観光株式会社は被控訴人から依頼されたと称する訴外山田重三の申出により、昭和三八年一一月二〇日本件手形と引換えに同訴外会社の振出にかかる額面金二〇〇万円の約束手形四通および額面金一〇〇万円の約束手形二通(以上いずれも受取人欄白地)を同訴外人に交付し、更に同年同月二六日および同年一二月三日の二度にわたり前同様同訴外人の申出に基づき右各手形のうち額面金二〇〇万円の手形一通ずつと引換えに、それぞれ同訴外会社の振出にかかる額面金一〇〇万円の約束手形(受取人欄白地)二通ずつ、合計四通を同訴外人に交付した。同訴外会社の振出した右合計八通の手形(額面金二〇〇万円のもの二通および額面金一〇〇万円のもの六通)はその都度同訴外人から訴外長尾の手を経て訴外川村敬次に交付され、その後そのいずれについても満期に振出人により支払がなされた。

(八)  ところが訴外長尾が本件手形と引換えに訴外川村敬次から取得した前記額面金一五〇〇万円の約束手形は、その振出人および裏書人が共に満期前に倒産したため、反古同然に達した。しかるに訴外長尾は昭和三九年一月中旬頃右の事実を秘したまま被控訴人に、訴外川村敬次から受領していた前記額面金一五〇〇万円の手形を交付し、その後訴外川村敬次から訴外東京大和食品株式会社(その代表取締役は訴外川村敬次)の提出にかかる額面金一〇〇〇万円の約束手形一通を受領して、これを被控訴人に交付し、更に訴外川村敬次と折衝した結果、同年四月頃、右東京大和食品株式会社が商号を変更した東正食品株式会社(その代表取締役も訴外川村敬次)から訴外長尾あてに額面金一〇〇万円の約束手形一〇通の提出を受け、これらの手形を被控訴人に裏書した。しかしながら右各手形については、振出人である訴外東正食品株式会社が昭和三九年一〇月銀行取引を停止されたため、その支払場所に呈示されたにもかかわらず支払が拒絶された。

(九)  被控訴人は昭和四〇年に至り訴外川村敬次と直接交渉したが、結果を得ることができず、その間訴外長尾は同年三月被控訴人の渋谷支店を任意退職した。

(十)  その後、被控訴人の委任を受けた弁護士末政憲一が被控訴人の代理人として昭和四一年四月一九日付内容証明郵便をもって控訴人に対し、被控訴人は本件手形を控訴人の職員たる訴外長尾に取立を委任して預けたこと、および訴外長尾が訴外川村敬次と共謀して本件手形を被控訴人から騙取した疑があることを理由として、民法第七一五条により控訴人においてその損害を賠償すべきことを請求するに至った。

(2)以上認定の事実からすると、訴外長尾が被控訴人から本件手形を取立のため預かりながらこれを訴外川村敬次に交付したため、被控訴人において本件手形の支払を受けられず、これにより損害を蒙ったのは、控訴人の被用者である訴外長尾が控訴人の事業の執行について行なった不法行為に基因するものと解すべきである。

乙第一号証(訴外長尾作成名義の控訴人あて書面)には、訴外長尾が本件手形を被控訴人から預かったのは個人的にその取立の依頼を受けたものと解釈しており、控訴人には一切関係ないものと思う旨の記載がみられるが、〈証拠〉によると、乙第一号証の右記載は被控訴人に対する前記損害の賠償問題が訴訟によらないで話合により円満に解決されることを期待する余り事実に反してなされたものであることが認められるので、乙第一号証は前記のとおり解することを妨げる資料とはならない。なお、被控訴人が本件手形を訴外長尾に交付する際にこれに裏書をしたか否かに関しては、原審証人山田重三の証言中に、本件手形が訴外中部観光株式会社の振出にかかる額面を細分した約束手形と取替えられたときには本件手形の裏書欄は白地のままであったように思うとの趣旨のものがあるところ、当審証人長尾良平は本件手形の裏書人(裏書名義人の意)は多分織田輝雄であったと記憶する旨の証言をしながら、他方、本件手形金を被控訴人の控訴人渋谷支店のどの名義の口座に入れてくれとは言われなかった旨証言しており、被控訴人は原審における本人尋問においては訴外長尾に手形の取立を依頼したときには常に自分が裏書をしていた旨を供述したが、当審における本人尋問においては、その後よく思い出してみると本件手形には裏書をしなかったという感じのほうが強い旨、および本件手形を取立てたときは織田輝雄名義の預金口座に入金するよう訴外長尾に依頼した旨の供述をするに至ったものである。右のような証人長尾良平の証言の前後不整合および被控訴人本人の供述の訂正の経緯と原審証人山田重三の前掲証言を併せ考えると、被控訴人は本件手形を訴外長尾に預けるに際し、受取人欄の白地を補充せず、かつ、いかなる名義によるにもせよ裏書をしなかったものと認めるのが相当である。そうであるとすると、被控訴人が右のようにして控訴人の外務員たる訴外長尾に本件手形を預けて控訴人に対しその取立を委任したことは、取引の方式としては正規のものでなかったというべきであるが、本件手形の各満期日までにはなお二箇月前後の期間が存したのであるから、同訴外人が本件手形を遅滞なく控訴人の担当係員に引渡していたならば、控訴人において被控訴人に対し本件手形のそれぞれにつき満期前に受取人欄の白地を補充しかつこれに裏書をすべきことを促す機会は十分あったものと認められるから、被控訴人が右の補充および裏書をしないで本件手形を訴外長尾に交付したことを捉えて、訴外長尾が被控訴人から本件手形の取立依頼を受けたことが控訴人の事業の執行としてなされたものでないとすることもできない。

その他右取立委任の事実を否定する根拠として控訴人の主張するところに対する当裁判所の判断は、原判決七枚目表二行目の「もっとも」から八枚目第六行目末尾までの記載と同一である(ただし、七枚目裏一〇行目の「原告本人」から同末行の「よれば、」までを削除し、八枚目表一行目の「長尾が」から同三行目の「原告はその成果を」までを「この判決の理由中二、の(1)の(八)(九)における認定事実に照らすときは、被控訴人が先ず訴外長尾ないし訴外川村から損害の補填を得られることに」と改める。)から、これを引用する。

三、したがって控訴人は訴外長尾の使用者として、同訴外人が控訴人の事業の執行につき被控訴人に加えた損害の賠償として、被控訴人の主張したとおり本件手形金相当の二口合計金一、〇〇〇万円および右各口の金五〇〇万円に対する各手形の満期の翌日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき債務を負担したことが明らかであるところ、被控訴人が参加人らに対し昭和四六年三月二四日右のとおり控訴人において履行の責に任ずべき各債権を各参加人の譲り受ける割合を平等(各三分の一ずつ)として譲渡した上、控訴人に対し同年同月三一日到達した内容証明郵便をもって右債権譲渡の通知をしたことは当事者間に争いがない。

してみると、控訴人に対し右譲受にかかる債権のうち各自元本金三三三万三、三三三円およびこれに対する昭和三九年一月二一日(本件各手形中、後に到来する満期の翌日)以降完済まで年五分の割合による金員の支払を求める参加人らの請求は理由があるから、これを認容すべきである。

よって、参加人らの各請求を認容し、参加費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 桑原正憲 判事 大和勇美 判事浜秀和は退官につき署名捺印することができない。裁判長判事 桑原正憲)

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